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2006年8月11日 (金)

King Octavio新作『茎五十音 続』

温和なわらわも笑えよな

レトロなベルリラ瑠璃音色

八重山宵山ヨイトマケ

むんずと芽吹いた合歓の木々

はにかむ二人と釜の中

なけなし やむなし ナズナ飯

炊きたて突きたて騒ぎ立て

さっさと砂洲にて傘さして

かくも八雲に柿喰えば

愛も隘路に言わずもがな

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2006年8月 4日 (金)

King Octavio新作『茎五十音』

色に流浪の愛飢え男         

恋によく効く柿喰けこ

せっせさっさと射しすせそ  

とっとたったか断ちつてと

泣くな悩みは何ぬねの     

ほむら立つ間に晴ひふへほ

無意味なマイムを真面むめも  

やんややんやとやい酔えや

揺れる倫理にララルララ  

はじめ二和音三和音

【解説】演劇の発声練習によく使われる北原白秋による詩「五十音」――あめんぼ赤いなあいうえお」――へのオマージュ茎。冒頭、立ち上がるか立ち上がらないかの曖昧な意味性を漂いながら、「無意味なマイムを真面むめも」あたりから波に乗りはじめるのに注目。「やんややんやとやい酔えや」と煽ってみせたうえで、「揺れる倫理にララルララ」とかわすしなやかな余裕は、井上揚水を思わせる。ラストの「はじめ二和音三和音」の響きが結びとは感じられず、尻切れトンボの印象を否めないのは愛嬌か。(PP)

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2006年8月 1日 (火)

Pacific Picnic新作

作家の錯覚で鎖国施策加速 河童の口コミで五穀価格破壊 

解説)作家の錯覚と河童の口コミ、どちらが「恣意的な悪」であるかを問う茎。鎖国施策加速と五穀価格破壊を同クラスの問題であると認めた上で、pacificは「作家が幻想ではなく、錯覚に陥ること」がどれだけ罪深いことであるかを訴えている。シリアスな茎。(KO)

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King Octavio新作三茎

ヤモリ子想い イモリ親想い

溢れるひよこ豆 こぼれるだだちゃ豆

棚からポテト取った途端、屋根からトッポギがポトリ

【解説】一時期シュール・レアリスムに傾倒していたとかいないとかいうKingだが、今回、その影響が垣間見られる茎が並んでいる。初茎、子想いというからには「親」なのだろうし、親想いというからには「子」であるのだろうことが頭では理解できる。だが早口言葉としてこれを口ずさめば、すべてのヤモリは子想いであり、親想い以外のイモリなどいないかのような景色が立ち上がる。二茎、言いにくさよりだだちゃ豆の響きのおもしろさ。ビールが飲みたくなる。三茎、ありふれた日常のなかに突然訪れる奇妙な瞬間。「途端」からいったん「トタン屋根」の連想をしたうえで「トタン」を捨て、力強くひねってトッポギ・ポトリに結び付けた豪胆さはみごと。(PP)

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